お薦め度 ★★★★★★★☆☆☆
今まで映画として描かれてこなかった香港と深玔を越境して通学する若者たちの生活習慣。その境界線を越えるたび、少女は大人へと成長してゆく。


作品紹介
2020年11月20日公開
今回ご紹介するのは、カンフーでも、SF剣劇でもない、深玔と香港の若者の生活の一部を切り取ったドラマ作品です。
それでは、まずはあらすじから、
深玔地区で母と二人で暮らす16歳の高校生ペイは、毎日香港側に越境通学をしていた。
父は香港で暮らし別の家庭を持っていた。
母は親友との賭け麻雀に明け暮れ、それによって生計を建てていた。
そんなペイの唯一の拠り所は親友ジョーと過ごす楽しい時間のみだった。
二人の夢は北海道に旅行し、雪を見に行くこと。
その夢のために夜も飲食店でアルバイト勤務するペイだったが、あるジョーの知り合いと偶然、税関で出くわし、成り行きでスマホの密輸に手を貸してしまう。
密輸で大金を稼げると知ったペイは、それ以来越境通学を利用して密輸業に手を染めてしまう。

まず主人公のペイは香港で教育を受ける権利を持っていますが、深玔に住んでいるため、
中国の深玔地区と香港地区の間にある境界線を毎日越えて通学しています。
香港では色んな教育を受ける選択肢が増えるため、その権利を獲得するために、大陸側から越境して香港まで子供を出産しに来る人が多いそうです。
主人公ペイはそういう出自の元に生まれてきた少女です。
しかも、母親と父親は正式に結婚しておらず、父親には別に家族がいます。
要するに、母親は父の愛人で、本妻が別にいる、という事です。
そういう家庭環境で育った少女が主人公になっています。
本作原題の(過春天)とは文字通りの意味だと(春が通り過ぎる)という意味ですが、密輸業者の隠語で(税関を越える)という意味があるそうです。
要するに密輸成功、という意味になります。
本作は、この密輸で品物を持って境界線を越える、という意味と16歳の高校生が良いことも、悪いことも経験しながら春を越えて大人になっていく、という二つの意味から付けられています。
監督のインタビュー曰く、『春が過ぎれば、また春が来る』
という事で、それで終わりではなく、あくまでそうやって春を越えていく少女の成長物語として本作のペイは描かれています。
香港映画といえば、アクションが有名で、最近は、本作のようなドラマよりの作品が劇場で公開される機会が随分減ってしまいましたが、
本作のようなリアルな今の若者文化を描いた作品がしっかり公開されるのは非常に喜ばしいことですね。

今まで、香港映画のドラマ作品も多く鑑賞してきましたが、本作ほどリアルな日常を描きながら、ちゃんと娯楽映画としても楽しめる作品はなかなかなかったと思います。
もっと劇的なアクションが入ったり、ドラマチックな展開が待っていたり、大どんでん返しがまっていたり、
大概もっと何か映画的な展開で抑揚をつけたくなるのではないかと思います。
その点本作の場合、余計な映画的な事は大きく起こらないものの、しっかりと主人公の身の丈にあったサスペンスやドラマ、や感情を揺さぶる出来事は起きますので、飽きるという事はありません。
むしろ、主人公ペイの厳しい境遇にも、それでも力強く、前向きに生きていこうとする(それが悪い事であるとしても)ひた向きな姿勢が、
いつのまにか観ているこちら側にも伝わってきて、主人公に感情移入してしまいます。
密輸、という犯罪を扱った物語ですので、ラストは行き詰まるところまでいきますが、
全てが終わった後のペイはまた、一つ大人になったように、ある意味晴れやかなようにも見えます。
ラストシーンでは大人になり切れていなかった母親も、娘の事に正面から向き合うようになり、二人で香港を見下ろす事ができる山へと歩いて登ります。
そこから見える景色は一つ大人になった二人の親子には以前とは違ったように見え、その美しさに改めて気づく事ができるようになるのではないでしょうか。
といった感じで、本作は香港で暮らす現代の若者の生活をリアルに描きながら、少女の成長物語としてしっかり描かれた作品となっていますので、
香港に興味がある方や、人間の成長物語などに興味のある方でしたら十分楽しめる作品となっていますので、ご鑑賞されてみてはいかがでしょうか。
きっと、心に何か残るものがあると思いますよ。

作品情報
2018年製作 香港製作 サスペンスドラマ
監督・脚本 パイ・シュエ
出演 ホアン・ヤオ、スン・ヤン、カルメン・タン、リウ・カイチー

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